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ゆらぎ

統計集団では,平均値のみならず,平均値のまわりの ゆらぎ も重要な意味をもつ. 以下では, 限られた領域内に存在する 粒子数$M$のゆらぎを計算する. 結果は一般的だが,話を具体化するために, 15.4で取り扱った 重力場中の分布を考えよう. 粒子が高さ$h$より上に位置するか, さもなくば下かの問題となる. 上に存在する確率$q$は具体的に

\begin{displaymath}
q=\frac{
\displaystyle
\int_{h}^{\infty} {\rm e}^{-mgz/kT}{\...
...ty}{\rm e}^{-mgz/kT}{\rm d}z}
={\rm e}^{-mgh/kT} \quad (\le 1)
\end{displaymath} (15.43)

で与えられるが,ここでは詳細は重要ではない. 全粒子数を$N$とすると, 上に位置する粒子数$M$の平均値が $\bar{M}=N q$となることは計算するまでもない. 知りたいのは,全$N$粒子のうち,上に$M$個,下に$N-M$個 存在する確率$P_M$である. 粒子数$M$の関数として, $P_M$が平均値 $\bar{M}$の付近で最大値をとるだろうことは予想できる. 問題は分布の幅である.

確率$P_M$を求めるために, 全$N$個のうち特定の1粒子に着目する. この粒子が上にある確率$q$と 下にある確率$1-q$の比は$q/(1-q)$であるが, これを確率$P_M$を用いて表現すると次のようになる. $N$個のうち$M+1$個が上に存在し, そのうちの1つが特定の粒子である確率 $(M+1)P_{M+1}$と,$N-M$個が下 に存在し,そのうちの1つが特定の粒子である 確率$(N-M)P_{M}$の比として,$P_M$は関係式

\begin{displaymath}
\frac{(M+1)P_{M+1}}{(N-M)P_M}=\frac{q}{1-q}
\end{displaymath}

を満たす. 整数$N$$M$が極めて大きい場合($N, M\gg 1$), 上式を次のように変形できる.

\begin{eqnarray*}
P_{M+1} &=&
\frac{q}{1-q} \frac{N-M}{M+1}P_M
\simeq \frac{q}{...
...&=&
\frac{M(1-q)+ Nq -M }{M(1-q)}P_M
=P_M-\frac{M-Nq}{M(1-q)}P_M
\end{eqnarray*}



興味があるのは, 平均値$\bar{M}=N q$近傍での$P_M$$M$-依存性である. 最後の等式の 右辺第2項の分子は $M-Nq=M-\bar{M}$であり, これが0になる近傍で, 分母の$M$は平均値${\bar{M}}=Nq$で置き換えることが許される.
\begin{displaymath}
P_{M+1} \simeq
P_M-\frac{M-\bar{M}}{\sigma^2
}P_M.
\end{displaymath} (15.44)

ここで定義した
\begin{displaymath}
\sigma^2=N q(1-q)
\end{displaymath} (15.45)

は定数である. 粒子数$M$はそもそも整数だが, (15.44)を 幅$\delta M=1$に対する 分布の変化 $\delta P_M= P_{M+1}-P_{M}$ を表す関係式とみなそう.
\begin{displaymath}
\delta P_M=- \frac{M-\bar{M}}{\sigma^2}
P_M \delta M.
\end{displaymath} (15.46)

これを微分方程式とみなすとき,
\begin{displaymath}
P_M=A \exp\left(-\frac{(M-\bar{M})^2}{2 \sigma^2}
\right),
\end{displaymath} (15.47)

が解になることは$M$で微分すれば容易に理解できる. 定数$A$は規格化条件

\begin{displaymath}
\sum_M P_M=1
\end{displaymath}

から決定される. 結論:(高さ$h$より上の)粒子数$M$は, 平均値$\bar{M}$と 分散(15.45) をもつ正規分布(15.47)にしたがう.

ゆらぎ自身ではなく, ゆらぎ幅の2乗 $\sigma^2\propto N$が 平均値 $\bar{M}\propto N$ と同程度の大きさである点が,とりわけ重要である. (15.11)によると, 偏差 $\Delta M=M-\bar{M}$に対し, 相対ゆらぎ

\begin{displaymath}
\frac{\sqrt{\langle (\Delta M)^2\rangle}}{\langle M \rangle}...
...sigma}{\bar{M}}=
\sqrt{\frac{1-q}{N q}} \ll 1,
\quad (N \gg 1)
\end{displaymath} (15.48)

となる.すなわち,巨視的な系 $(N\sim N_A\simeq 10^{23})$では, 分布の幅 $\sqrt{\langle(\Delta M)^2\rangle}$ は平均値 ${\langle M \rangle}$ に比べて無視できる. 特に, 考える領域が全体に比べ微少ならば, $q \ll 1$により $\sigma^2\simeq \bar{M}$, すなわち,ゆらぎの2乗平均

\begin{displaymath}
\langle (\Delta M)^2\rangle={\bar{M}}
\end{displaymath}

は平均値に等しくなる. このため, 粒子数$M$を含む小部分の体積を$V$とすると, 密度$n=M/V$と密度ゆらぎ $\Delta n=\Delta M/V$の間には 関係式
\begin{displaymath}
\langle (\Delta n)^2\rangle=\frac{{\bar{n}}}{V},
\end{displaymath} (15.49)

が成り立つ. 領域の体積$V$を大きくとるほど, 密度のゆらぎは平均値に比べて相対的に無視できるようになる. 具体的には, $\bar{n}=45~{\rm mol/m}^3
\simeq 3\times 10^{25}~{\rm m}^{-3}
$(図2.2), $V=1$ m$^3$とすると,相対的なゆらぎ幅は

\begin{displaymath}
\frac{\sqrt{\langle(\Delta n)^2\rangle}}{\bar{n}}\sim 10^{-13}
\end{displaymath}

となる.(15.47)によると, 粒子数$M$が平均値 $\bar{M}\simeq \sigma^2$から 0.01% 外れる確率は限りなく0に近い ( $P_M\sim 10^{-10^{17}}$).

以上は典型的な結果であって, 平均としての熱力学的関係式が, かなりの確かさで信頼できることを 理論的に裏付ける. 平均値からのずれは存在しないわけではない. 事実,考える部分の粒子数が少ないほど,また体積が小さいほど, ゆらぎ効果は顕著になり無視できなくなる. 博打ならば統計のすきをねらうところだが, 大きなサンプルに対しては,統計理論の信頼度は ほぼ100%疑いのないものになる. ただし,ゆらぎが平均に比較して無視できる場合でも, ゆらぎ自身を観測する手段は存在する. 最もわかりやすい例として,空の青さが挙げられる. 広大な領域にわたる大気密度のゆらぎが光の屈折率をゆらがせ, 入射する太陽光線を散乱する結果として, 空は紺碧に輝く.15.2

ゆらぎの効果が顕著になると, 平均値の意味は曖昧になる. 例えば,p. [*]の例の最後で 見たような,熱力学量に対する一見非現実的な結果は, 統計的・確率的に解釈せねばならないが, 平均値が極めて小さい以上, ゆらぎは当然無視できない要素となる. (15.43)の例でも, 膨大な数の小分子に対してならば, 密度$n(z)$は高度$z$の関数として正確な意味をもつが, 分子量$M$が巨大になるや, 巨視的な高度まで熱的に跳ね上げられる確率は激減し, 粒子はほぼ確実に地上$z=0$付近に留まるようになる. こうなると$n(z)$は, 密度としてよりも分布確率としての意味あいが濃くなる. さらに現実的に考えると, そもそも巨視的な粒子の集団は, 人が問題にできる程度の時間内には 真の平衡分布には到達できないため, 統計的な取り扱いの妥当性自体が問題となってくる.

図: 台の上の粒子群の運動(上)と 速度分布(下). 偏った分布(左)から始めても, 時が経つにつれ, 特徴的な分布が見えてくる(右).
\begin{figure}
\centerline {\epsfile{file=out+max,width=6.cm}
}\end{figure}

統計力学の議論では, 理想的にサンプル数 $N\rightarrow \infty$の極限で得られる分布 を用いて,有限の数$N(<\infty)$に対する結果を $N^{-1}$の程度の小さな補正として評価する. 補正はあくまで目安に過ぎないが, 多くの場合に $N\sim N_A \sim 10^{23} \gg 1$という事実が, 極限法則の使用を正当化する. では,そもそも$N$の関数として, 分布のゆらぎ幅はどのように狭まり,どのよう に正準分布へと漸近していくのだろうか. こういう具体的な問いに対する, 最も安直でわかりやすい答は, 実際に計算機の画面上に小宇宙を展開することで得られる. 摩擦のないビリヤード台の上に, 多数の粒子をばらまく. 粒子は壁や他の粒子と衝突し, 位置と速度を変化させながら複雑に運動する. 実際に数多くの例で計算してみると, どのような粒子間相互作用を仮定しても, どのように偏った分布から始めても, ある程度の時間が経つと,まず間違いなく, 粒子は空間的に一様に散らばり, 速度分布はマックスウェル分布に近づく (図 15.3).15.3図 15.4に示すように, 分布のゆらぎは粒子数$N$が増すにつれ減少する. こうして統計理論の正しさが(仮想)現実的に裏付けられる. 飛び回る粒子を2原子分子にすると, 回転の自由度にもエネルギーが等分配される様子を 確認できるだろう. 大きな粒子を1つ「容器」の中に入れ,この粒子に着目する. 実は,力学法則の必然性に支配されるにもかかわらず, 無数の小粒子に小突き回され, 複雑な軌道を描く大粒子の運動は, あたかも偶然に支配されているように見えるだろう. しかも長い目で見れば, 大きな粒子も予想どおりの速度分布を示すことがわかる. このような ブラウン運動 は, 水中に浮遊する微粒子に対して現実に観測される現象である.

図: 「平衡状態」の速度分布$w(v)$. 粒子数$N$が増えるにつれ, マックスウェル分布(破線)に近づく.
\begin{figure}
\centerline {\epsfile{file=nop,width=5.8cm}}\end{figure}

問 題

  1. 真の分布が未知の場合にも,正規分布を仮定し, 統計結果の確からしさを見積ることができる. ある記事によると「8月の世論調査結果によると, 内閣の支持率は20.2%で,7月調査に比べ1.2ポイント低下した.」 記事のいう支持率低下が, 統計的に有意な現象といえるためには, 調査対象の人数$N$は何人以上でなければならないか. 簡単のため,支持でなければ不支持とみなす.

  2. 質量$m=10^{-10}$ g (分子量約10兆)の微粒子が $N=10000$個, $T=1000$ Kの床と平衡状態にある. 高さ$h=0.1$ $\mu$mより上にある 粒子数 $\bar{M}\pm \sigma$を求めよ.

  3. ばね定数 $K=\kappa_T^{-1}A/a$ の「等温ばね」 に対する エネルギー等分配則 $K\langle (\Delta a)^2\rangle =kT$ を書き換え,ゆらぎの公式

    \begin{displaymath}
\langle \left(\Delta V
\right)^2\rangle =kTV\kappa_T
\end{displaymath}

    を導出せよ(6.4の「断熱ばね」参照). 理想気体 $\kappa_T=p^{-1}$に対して (15.49)が再現されることを示せ.

    この式が示すように, 一般に体積や密度の2乗平均は等温圧縮率に比例する. 安定性の不等式$\kappa_T>0$は, 2乗平均が正であることと等価である. 臨界点近傍では, 圧縮率$\kappa_T$の発散的な増大により, 密度ゆらぎ $\langle (\Delta n)^2\rangle $が異常に大きくなる. そのため,系が不安定化する結果として光を強く散乱する. これを 臨界タンパク光という.


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OKABE Takuya 平成14年1月9日