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黒体放射

熱平衡状態が熱力学の基本である. 熱平衡とは,何も起きていないということではなく, 様々なエネルギー授受過程を微視的にながめるとき, 全体として,平均として,収支がとんとん, 差し引き0であることを意味する. ミクロなエネルギーの担い手については特に制限はない. 物質と同様に,電磁波もまた 熱力学の考察対象となる. 量子論的に考えると, 物質粒子が波の性質をもつように, 電磁波(光)は粒子としての側面をもつ. 光の粒子を 光子という. 光の強度は連続的には変化せず, 光子を単位として不連続な値をとるため, 光は1個,2個と数えることができる. 以下の議論では, 光のこの性質が本質的な役割をする.

波としての光は, 波長$\lambda $と振動数$\nu$で特徴づけられる. 両者の積 \(
\lambda \nu =c
\) 光速度 に等しい((6.26)参照). 物質波の関係式(15.78)に対応するように, 光子の運動量$p$ \(p={h}/{\lambda}={h\nu}/{c}
\) で与えられる. 光の場合,運動量$p$を用いるよりも, $\nu$$\lambda $によって状態を指定する方が普通であるため, 状態和(15.81)としては次の表現を用いる.

\begin{displaymath}
\frac{V}{h^3} \int {\rm d} {\bf p} =\frac{4\pi V}{h^3} \int p^2 {\rm d}p
=\frac{4\pi V}{c^3} \int \nu^2 {\rm d}\nu.
\end{displaymath}

光の全エネルギー${ U}(T,V)$は, 振動数$\nu$をもつ光のエネルギー${ u}_\nu$の積分として求まる. ただし,光の状態を指定する指標は$\nu$のみではない. 電磁波は横波であり, 1つの$\nu$に対し2種類の偏光状態が存在するため, 電子の場合と同様に,状態和には因子$g=2$を掛けねばならない. 求めるエネルギーは
\begin{displaymath}
{ U}= 2\times\frac{4\pi V}{c^3} \int
{ u}_\nu
\nu^2 {\rm d}\nu,
\end{displaymath} (15.91)

となる.

熱平衡状態のエネルギー$u_\nu$は 分配関数$Z_\nu$から求まるが, この計算で光の量子性が重要になる. 量子論によると, 振動数が$\nu$ の光子1個のエネルギーは \(
\omega_p=h\nu
\) で与えられる.15.11光子$n$個の状態のエネルギーは$n h\nu$であり, 状態和は光子数$n$に関する和となる. すなわち,状態和は

\begin{displaymath}
Z_\nu=\sum_{n=0}^\infty {\rm e}^{-nh\nu/kT}= \frac{1}{1-{\rm e}^{-h\nu/kT}}
\end{displaymath} (15.93)

となる. 平均エネルギー${ u}_\nu$は (15.55)から求まる.
\begin{displaymath}
{ u}_\nu = k T^2
\frac{\partial}{\partial T}\log Z_\nu
=\frac{h\nu}{{\rm e}^{h\nu/kT}-1}.
\end{displaymath} (15.94)

エネルギー$h\nu$の係数

\begin{displaymath}
\bar{n}_\nu=\frac{1}{{{\rm e}^{h\nu/kT}-1}}
\end{displaymath}

は,温度$T$における光子数の平均値という物理的な意味をもつ. (15.91)により 体積当たりのエネルギー密度${u}=U/V$が求まる.
\begin{displaymath}
{u}(T)
=
\frac{8\pi h}{c^3}\int_0^\infty
\frac{\nu^3}{{\rm e}^{h\nu/kT}-1} {\rm d}\nu.
\end{displaymath} (15.95)

あるいは, 波長$\lambda=c/\nu$により表現するなら, ${\rm d}\nu= -c{\rm d}\lambda/\lambda^4$により,
\begin{displaymath}
{ u}(T)=
\int_0^\infty I_\lambda {\rm d}\lambda,
\qquad
I_...
...\frac{8\pi hc}{\lambda^5}
\frac{ 1}{{\rm e}^{hc/\lambda kT}-1}
\end{displaymath} (15.96)

となる. ここで定義される$I_\lambda $は, 波長が$\lambda $ $\lambda+d\lambda$の間にある 熱放射光のエネルギー密度と解釈できる. (15.96)をプランクの熱放射式という.

図: 熱放射強度$I_\lambda $ を波長$\lambda $の関数として示す.
\begin{figure}
\centerline{\epsfile{file=pltgif2,height=3.8cm}}\end{figure}

15.6に示すように, 関数$I_\lambda $は ある波長で最大値をとる. 最大波長 $\lambda_{\tiny\mbox{最大}}(T)$は温度に依存するが, これは方程式 ${\rm d} I_{\lambda}/{\rm d}\lambda=0$の解として求まる. 計算によると,
\begin{displaymath}
\lambda_{\tiny\mbox{最大}}\simeq
0.20 \frac{hc}{kT}
\end{displaymath} (15.97)

となる. (15.97)はウィーンの変位則とよばれ, 熱放射された光の色(波長 $\lambda_{\tiny\mbox{最大}}$) と物体の温度の関係を表現する. ありていに言えば, 赤い星より青い星の方が熱い事実を説明する. 例えば,太陽の温度$T\simeq 6000$ Kに対する $\lambda_{\tiny\mbox{最大}}=
0.48 \mu{\rm m}$は, ちょうど可視光領域に位置する. この事実は,人の目が太陽光に 適応しつつ進化した結果と考えられる. ちなみに,広い電磁波のスペクトル(波長分布)の中で, 可視光線とは,波長$\lambda $にして $0.38$$\mu$m(紫)から$0.77$$\mu$m(赤)の範囲の電磁波を指す. より短波長側には, 紫外線,X線,さらに,いわゆる放射線領域が広がる. 逆に長波長側には,赤外線,遠赤外線, さらにいくと,マイクロ波,短波というように 電波領域へとたどり着く. 図15.6の スペクトル密度$I_\lambda $は, 人にとっての高温域 500 $\sim$ 1000 Kに対する結果だが, 示した範囲は,およそ赤外線領域に相当する. 熱線(赤外線)は肌で感じることはできても, 肉眼で見ることはできない.

全エネルギー密度${ u}(T)$は, 図の曲線の$\lambda $に関する積分値となるが, 図より明らかなように, これは温度$T$の関数として急激に増大する. これを見るために,変数変換により (15.95)を$x=h\nu/kT$に関する積分に書き換えると,

\begin{displaymath}
{ u}(T)=
\frac{8\pi h}{c^3}
\left(
\frac{kT}{h}
\right)^4
\int_0^\infty
\frac{x^3{\rm d}x}{{\rm e}^x-1}
\end{displaymath}

となる.つまり,${ u}(T)$は絶対温度$T$の4乗に比例する. さらに,上の定積分値は数学的に$\pi^4/15$となることが知られているため, エネルギー密度は比例係数を含めて完全に求まる.
\begin{displaymath}
{ u}(T)=
\frac{8\pi^5 k^4}{15c^3 h^3} T^4.
\end{displaymath} (15.98)

試しに数値を代入すると, $T=300$ [K]では ${ u}=6.1\times 10^{-6}$ [J/m$^3$], $T=6000$ [K]ではその$20^4$倍の ${ u}=$0.97 [J/m$^3$]となる. 温度依存性は極めてはなはだしい. が,後者でさえ, 物質の運動エネルギー密度(7.19)とは比較にならないほど小さ い. しかし, 例えば,太陽の中心における$T\simeq 10^7$ [K]というように, 星の内部のような 超高温下では${ u}(T)$$T^4$-依存性は圧倒的になる.

圧力のみならず,エントロピーも自由エネルギー${ F}$から求まる. 自由エネルギーは ${ F}_\nu=-kT\log Z_\nu$の積分であり, 次のように, 部分積分を用いた式変形により, エネルギー$U$と関係付けられることがわかる. すなわち,

$\displaystyle { F}$ $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{8\pi V}{c^3}\int_0^\infty
\left(-kT\log Z_\nu\right) \nu^2{\rm d}\nu$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle \frac{8\pi V}{c^3}\int_0^\infty
\left(-kT\log Z_\nu\right) \frac{\partial}{\partial \nu}
\left(\frac{\nu^3}{3}\right) {\rm d}\nu$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle -
\frac{8\pi V}{3 c^3}\int_0^\infty
\frac{\partial
\left(-kT\log Z_\nu\right)
}{\partial \nu}
{\nu^3}
{\rm d}\nu$  
  $\textstyle =$ $\displaystyle -
\frac{8\pi h V}{3 c^3}
\int_0^\infty
\frac{\nu^3{\rm d}\nu}{{\rm e}^{h\nu/kT}-1}
=-\frac{U}{3}.$  

よって,$U(T,V)=Vu(T)$により,
\begin{displaymath}
{p}=-\left(\frac{\partial { F}}{\partial V}\right)_T
=\frac{{ u}(T)}{3}.
\end{displaymath} (15.99)

エントロピーは
\begin{displaymath}
{S}=\frac{{ U}-{ F}}{T}\propto T^3 V.
\end{displaymath} (15.100)

つまり,熱放射光の断熱変化では$T^3V$が一定に保たれる. これらは,より簡単に(7.15), (7.16), (7.23), および(15.92) の結果としても得られる. 光の圧力(15.99)は 体積には依存せず,温度のみの関数となる. 上述の$u$を用いると, 6000 Kの放射圧(光圧)ですら, 84dB程度の音圧に相当するに過ぎないことがわかる. 音波とは対照的に,肉体的に感じる光はエネルギーの流れであって,光圧は問題 にならない.

公式はさておき, 光の熱平衡状態とは,はたしてどのような状態であろうか. 光子「気体」は量子論的な理想気体と言ってもよく, 計算により${p}$${ U}$が求まる重要な例のひとつである. 公式導出の上では, 形式的に物質系の統計力学と変わるところはない. しかし,電磁波と物質とは,物理的に異なる特徴をもつ. まず第1に,電磁波同士は相互作用しない. 光は真空中を直進するのみで, 光のみの集団が自律的に平衡状態に達することはない. 光の熱平衡を実現するには, 光と相互作用する物質の存在が不可欠になる. 第2に,光子数は自由に変化する. 電磁波は物質により散乱されるのみならず, 吸収され,放出される. 光子の吸収・放出過程は光子数が変化する過程である. これらの過程を通じて, 物質と光子の集団がともに状態を変化させ, 互いの熱平衡が実現・維持される. 通常の温度範囲では物質粒子の数は変化しないが, とくに波長の長い光子の数は大きく温度変化する. これが分配関数の計算で光子数$n$について和をとる理由である.

放射光の平衡状態は高温ほど実現しやすくなる. 極めて高温になると, 物質は気化し,分子は解離し,原子は電離し, プラズマ状態になる.光は荷電物質に強く散乱されるため, この段階で放射光は容易に熱平衡に達する. 数やエネルギーの面で, 光が物質を圧倒するほど超高温であれば, 理想的な光子気体に対して上で得られた結果が, 文字通りに適用できる. が,実際にはこれは条件として厳しい. 例えば太陽の内部は 上の意味で十分高温とはいえない. しかし,そこでは光の平均自由行程は$l\sim$ 0.1 mの程度となるため, 光が太陽の中心部から表面に達するまでに1000万年はかかる計算になる. つまり,光は容易に平衡状態を実現する. こうして分布の定まった光も, 太陽表面に達し,宇宙空間に放射された後は, 地球上に達するまでに8分半とはかからない. 放射後は波長分布は変化せず, 太陽表面の記憶をとどめたまま,真空中を光速で伝搬していく.

理想的には, 光のが平衡分布に達するためには, あらゆる波長の光と相互作用する物質があればよい. この役を果たす物体を想定し,黒体と名付ける. 黒体からの熱放射という意味で, プランクの式にしたがう放射光を 黒体放射という. 黒体は物質の理想化だが, 現実には空洞が黒体の役割を果たす. 一定温度の空洞に小さなのぞき穴を空ける. 空洞内部の放射光の平均自由行程は空洞の大きさにより制限される. 穴が十分小さければ, 光は外に出てくるまでに十分な回数だけ 散乱,吸収,放出を繰り返すだろう. こうして穴から洩れ出る光の波長分布は 確かに平衡状態を示す. このため,空洞放射という用語も用いられる. 実際に穴から覗く炉の内部は,中になにがあろうが, ぼんやりとした色のみで輪郭の判然としない世界に映る. 平衡分布とは温度以外の特徴のない分布である.

熱平衡状態では,物体の表面から放射される光と, 表面に入射する光が完全につりあっている. 熱放射は一般的な現象で, 物質は温度に応じた電磁波を常に発散している. こうして真空中でも物は冷めるし, 断熱容器も放射による熱エネルギー伝達 を妨げられない. 例えば,放射光(赤外線)を遮る 雲のない晴れた夜には, 地面から一方的に熱が奪われつづける. これが放射冷却現象である. 一般には, 放射光のスペクトル は物質表面の性質に依存するが, (15.96)を適用して 実測値にあうように 輝度温度$T$を決めることができる. 輝度温度は放射温度計(光高温計)により 測定され,物体の実際の温度の目安となる. こうして,熱的に接触することなく,物体の温度が測定される. 輝度温度は系のエネルギー分布を特徴づける パラメータとしての温度の意味を 浮き彫りにする.

一般的には,放射光が運ぶエネルギーの流れも, 放射した物質表面の種類に依存するが, 黒体に対しては簡単な結果が得られる. 黒体の単位面積から単位時間当たりに 放射されるエネルギー$I$ [J/m$^2$/s]と エネルギー密度${ u}$の間の関係式を求めよう. 音波の(6.28)との類推を用いたいところだが, いまの場合,エネルギー${ u}$が速度$c$で運ばれる点は似ているが, すべてが特定の一方向に向かうわけではなく, 各点で全方向に放射される点が異なる. $I$を具体的に求めるために, 原点$O$を中心とする半径$r_0$の球状の黒体を考える. 黒体から1秒間に放射される光は, $O$から半径$c$の球内にあり,その全エネルギーは $4\pi r_0^2\times I$となる(表面積$\times$パワー/面積). 一方で,この球内に存在し, $O$から距離$r$ $(<c)$だけ離れた点$P$での放射光の密度は ${ u}\times \pi r_0^2/4\pi r^2
$である. なぜなら,点$P$を中心とする視点では, 全方向(半径$r$の全球面:表面積$4\pi r^2$) のうち,黒体方向(半径$r_0$の円内:面積$\pi r_0^2$)から しか放射光が届かないためである. 点$P$の位置について積分することで, 全放射光密度に対する等式が得られる.

\begin{displaymath}
4\pi r_0^2 I=\int_0^c { u}\frac{\pi r_0^2}{4\pi r^2} 4\pi r^2 {\rm d}r
=\pi r_0^2 { u}c.
\end{displaymath}

これより,$r_0$によらない簡単な結果

\begin{displaymath}
I=\frac{1}{4}{ u}c
\end{displaymath}

が得られる.(15.98)を代入すると,
\begin{displaymath}
I=\sigma T^4,
\end{displaymath} (15.101)

と書ける.ここで定義される定数

\begin{displaymath}
\sigma \equiv \frac{2\pi^5 k^4}{15c^2 h^3}
= 5.6704\times 10^{-8} [{\rm W/m^2/K^4}]
\end{displaymath}

はシュテファン-ボルツマン定数とよばれる. これを用いると,既に得られた結果は

\begin{displaymath}
{ u}=\frac{4\sigma}{c}T^4, \qquad { p}=\frac{4\sigma}{3c}T^4,
\end{displaymath}

と表現される. これら$T^4$-則をシュテファン-ボルツマンの法則という.

問 題
固体中での原子の振動運動による比熱を考える. 振動エネルギーは,古典的には (15.41)で与えられるが,量子論的には

\begin{displaymath}
\varepsilon_{\tiny\mbox{振動}}
=\left(n+\frac{1}{2} \right) h\nu, \qquad (n=0,1,2,\cdots)
\end{displaymath}

と量子化される(振動数は $\nu=({2\pi})^{-1}\sqrt{{k}/{m}}$). ここで,+1/2からくる寄与を零点エネルギーというが, 本文中のようにこれを無視すると, 分配関数は(15.93)で与えられる. この問題では,3つの振動方向を考慮すると, 原子当たりの 自由エネルギーは ${ F}=-3kT\log Z_\nu$となる. 振動数$\nu$を定数とみなし, 熱容量 $C_V=-(\partial^2 { F}/\partial T^2)_V$を求め, 低温$(kT\ll h\nu)$ $C_V\rightarrow 0$(ネルンストの定理), 高温$(kT\gg h\nu)$では $C_V\rightarrow 3k$(デュロン-プティの法則) となることを示せ. 低温におけるダイヤモンドの比熱の減少 (13.2参照)は, 以上の模型に基づき アインシュタインにより説明された.


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OKABE Takuya 平成14年1月9日